【画像55枚】篠原涼子の若い頃が可愛い!16歳デビューから2020年現在まで年代別に

こんにちは、ままいっちです。

篠原涼子さんといえば、女性の憧れの女性でいつまでも綺麗ですね。

デビュー当時から色々苦難もあったそうです。

篠原涼子さんのの若い頃!

16歳デビュー当時から現在エピソードをご紹介させていただきます。

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篠原涼子さん16歳デビュー当時の画像

とても可愛いですね。

16歳といえば、高校生ですね。

16歳の篠原涼子さんターボレンジャー出演

最初に来た仕事は、高速戦隊ターボレンジャーの戦隊ヒーロードラマでした。

最初の演技の貴重な映像がありました。

芸能界デビューをしたのはこちらの映像です。

人生について語りあいませんか?

鏡と相談してからにしたら?

とても若い画像ですね~

しかし、この撮影中、篠原さんはある苦悩をかかえていたといいます。

そもそも、演技なんてしたくないのに・・・

アイドル志望の篠原さんは、演技に1ミリも興味がなかったといいます。

撮影中も早く終われと思っていたそうです。

当時はチョイ役で出たけど、最初は演技が楽しとかわからなかったそうです。

最初は歌をやりたかったのですが、会社から「こういうのやりなさい」って言われて、「歌に近づく場所」なのかなと思って、チャレンジされたそうです。

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篠原涼子さん東京パフォーマンスドールで歌手デビュー

邪魔な願いが通じたのか、歌手デビューをはたします。

それが、「東京パフォーマンスドール」でした。

当時16歳の写真です。

東京パフォーマンスドールではデビューから1年で武道館コンサートを開催するなど

篠原さんの演技が嫌だったことから、念願の歌手デビューに至りましたが、ここで邪悪な想いがよぎってきたといいます。

篠原涼子さんはソロデューがしたいと思っていたそうです。

事務所からオーデションに合格時にはソロデビューが約束されていたそうです。

しかし、いつの間にかグループでデビューになっていたそうです。

最終的には、大人数で活躍ではなく、ソロ活動したかったそうです。

 

当時、篠原さんは、東京パフォーマンスドール時代は、お寿司屋さんでバイトされていました。

その店の上の部屋を、間借りして住んでいました。

6畳に女2人で暮らしていたそうです。

同居人は、東京パフォーマンスドールのメンバーだったそうですよ。

当時は「東京パフォーマンスドール」のメンバーとはバチバチしていたそうです。

みんな一人になりたい、センター立ちたい、そういう気持ちがあるので、自分をかき立てられて頑張れたといいます。

今もバチバチのメンバーとは、今も仲が良いそうですよ。

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篠原涼子さん「ダウンタウンごっついええ感じ」レギュラー出演

次に舞い込んできた仕事が、1991年「ダウンタウンのごっついええ感じ」のレギュラー出演でした。

ダウンタウン、今田耕司さん、東野幸治さん、YOUさんなどが出演していました。

最高視聴率24,2%だった伝説のコント番組でした。

篠原さんの所属事務所も、アイドルとして顔を売るために出演するのに良い機会だと思っていました。

しかし、そこには・・・

アイドル扱い一切なしの過酷でした。

東野幸治さんにも、涼子ちゃん、涼子ちゃんと何度もビンタをくらいます。

当時の篠原さんは、「私アイドルなのに~」と思ったそうです。

 

しかし、「ごっついええ感じ」出演で、篠原さんの名前を全国的に知られることになりました。

その後さらにトップスターの階段を上がっていくことになります。

ダウンタウンのテレビに出たことで、躊躇しなくなったといいます。

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篠原涼子さん20歳

東京パフォーマンスドールで順調に活動していましたが、大ヒット曲には恵まれず、活動の方向性に悩んでいました。

1994年20歳の時に篠原さんに転機が訪れます。

小室哲也さんが、「篠原涼子さんを使いたい」と、まさかのオファーがかかります。

ソロとしてプロデュースしたいと依頼があり、驚きました。

「なんで私なワケ」と篠原さんには一つ疑問がありました。

 

室さんは、曲はすでに完成させていたそうですが、歌手を探し全国を回っていたそうです。

そこで目をつけたのが、当時無名だった篠原涼子さんでした。

歌う姿だけでなく、バラエティーで活躍する姿をみて、彼女なら負けん気もあるし、何があってもくじけないだろう

とバラエティー根性が採用の決め手となりました。

スポンサーからは、大物歌手というオーダーもあったそうですが、小室さんははねのけ、まだ芽の出ていない篠原涼子さんを大抜擢しました。

 

そして誕生した曲が「恋しさとせつなさと心強さと」でした。

発売2ヶ月後には1位獲得、シングル売上げ200万枚以上となりました。

紅白にも初出場します。

バラドル篠原涼子さんから、一流歌手の篠原涼子さんへ転身しました。

小室ファミリーの一員となり、シングルを立て続けにリリースします。

バラエティの仕事を減らし歌手へとシフトしていきました。

しかし、この後に芸能界引退まで考えることがありました。

紅白の衣装は小林幸子さんには勝ちたかったからだそうです(笑)

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篠原涼子さんを小室哲也さんが採用したきっかけ

ソロってだけで嬉しくて、自分の目標に近づいたなと感じ、初めは売れると思っていなかったそうです。

篠原さんは小室哲也さんのことをあまり知らなかったそうです。

小室哲也さんのこともあまり知らず、当時、ルイドという新宿にライブハウスがあって、そこに足を運んでくらたそうです。

「最近、そこに金髪の男の人がファンで来てるね」ってメンバーと言ってたようで、結構5回くらい来ていて、小室さんのことを、「結構ハマってきてるねっ」て言っていたそうです。

誰のファンかしら~みたいに・・・

小室さんは篠原さんについては、イメージした曲に乗っかりやすい声だったそうです。

そして何度も聞きにいっていたそうです。

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篠原涼子さんは引退を考えたこともあった

1曲目の「恋しさとせつなさと心強さと」と2曲目「もっともっと」もすごく売れて、その当時に引退をなぜ考えたのでしょうか?

小室さんと違う曲を書いたりしてくださったりしたのですが

売れたのは自分の力ではないと思ったときに、

小室さんの力なんだな

違う人の楽曲が悪いワケではなく、自分に実力がなかったから、自分の力って何もなかったんだなって思ったときに、すごくショックを受けたそうです。

小室さんの力ってすごいな~

そういうところに便乗していただけなんだ・・

結果的にみんなに「すごいね、すごいね」って言われていても、自信をなくしていたそうです。

辞めようとちょっと思ったそうですが、小心者なんで辞めれなかったそうです。

そしてこのことを父親にはいつも相談されていました。

篠原涼子さんの父は「全然辞めてもいいよ」「辞めたかったら辞めてもいいよ」と言ってくれ、頑張ってやりなさいというタイプではなかったそうです。

そういう言葉があり、辞めずに頑張ろうと思えたそうです。

篠原涼子さん23歳

1996年篠原涼子さんに転機が訪れます。

ヒロインのドラマの話がきました。

ナニワ金融道2でした。

恋人の為に夜のヒロイン役を演じました。

しかし、その撮影中の心の中では、「笑ったり、泣いたり、みんな嘘ついてよく出来るよな」と思っていました。

演技に抵抗をしていました。

撮影の休憩中に、ドラマの監督が「涼子ちゃんて良い演技するよね」という言葉に自分が評価されていると感じたそうです。

2001年運命を変えるオファーがきました。

蜷川幸雄さんの、「ハムレット」でした。

テレビドラマでも、てこずっている篠原さんは、舞台なんて無理と思っていたましたが、篠原さんを蜷川さんを使いたと思っていました。

そして篠原さんは、蜷川さんに、

カツラかぶって、言いたくないセリフいって、大声出すの無理です。

舞台ってだけで、蕁麻疹が出そうで無理です、なのですいませんが、失礼します。

と伝えまいた。

その1ヶ月後、篠原さんは出演されました。

家でいて一週間くらいの時に言い方考えたらよかったなと考えていました。

大人げなかったな。その時に寝ていて出てきたのが、蜷川さんの優しい笑顔で、1回しか会ってないのに笑顔しか残らなかったそうです。

この人って一緒になにか仕事をしたらいいことありそうだ!!と思って会社に電話して「ごめんなさい、やっぱり受けます、まだ間に合うんだったら、やらせてください」と言いました。

本読み稽古があって、顔合わせもの時も、行きたくなかったそうです。

セリフとかもハキハキ言わないといけないしと、嫌だな~大きい声で立ち上がって喋る人もいるんだろうな~

と想像していたら、隣に座っていた俳優さんが立ち上がって、一番嫌な奴がきたな~と思っていました。

そしたら、横見たら今の旦那様の市村正親さんだそうです。

その姿をみて、嫌だな~っと思っていたそうですよ。

市村正親さんと、篠原さんは2005年12月8日に結婚しました。

2010年8月に結婚式を挙げました。

舞台で初共演で、運命の出会いでしたね。

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篠原涼子さん30歳代

篠原涼子さんの30代をみてみましょう。

篠原涼子さん32歳

2005年ドラマ「anego」

最高視聴率17.5%でした。

10歳年下の新入社員と妻子持ちの男性の間で、揺れ動くアラサー独身のOLを演じました。

髪のかき上げるシーンが多くみられて、髪のかき上げ女王にも

篠原涼子さん33歳

2006年「アンフェア」

警視庁検挙率トップの敏腕刑事を演じられました。

仕事が出来る、男に媚びない役を演じています。

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篠原涼子さん34歳

2007年「ハケンの品格」

最高視聴率26%でした。

働く女性の象徴的存在にもなり、女性ファンからも大人気ですね。

日本アカデミー賞ダブル受賞もされました。

篠原涼子さんのプロフィール

名前:篠原涼子(しのはら りょうこ)

生年月日: 1973年8月13日

年齢:46歳(2020年4月現在)

出身:群馬県桐生市

身長:162 cm

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まとめ

篠原涼子の若い頃!16歳デビュー当時から現在エピソード!

ご紹介させていただきました。

いつまでも綺麗な篠原涼子さんですね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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