こんにちは、ままいっちです。
筒香嘉智選手の学歴についてまとめてみました。
目次
筒香嘉智さんの学歴まとめ
筒香嘉智の学歴の出身小学校、中学校、高校、大学はどこ?
筒香嘉智さんの出身小学校
筒香嘉智さんの出身小学校は橋本市立恋野小学校を卒業されました。
エピソードをまじえてご紹介させていただきます。
野球を始めてあのは、小学2年の時にヤングリーグス和歌山ニューメッツに所属し、硬球で野球をしていてポジションは投手をやっていました。
橋本市立恋野小学校の2年先輩に、俳優の溝端淳平さんがいてます。
筒香嘉智さんの出身中学校
筒香嘉智さんの出身小学校は橋本市立隅田中学校を卒業されました。
中学では堺ビッグボーイズに所属、4番として30本塁打で、中学3年で全国大会ベスト8。
ボーイズ関西選抜の4番として世界大会に出場しています。
中学時代は野球漬けで学校が終わって友達と遊んだことは1度もなかったといい、授業が終わると自宅裏に父が設営した「手づくりドーム」に直行したようです。
打撃マシンの球詰めは兄が買って出て、兄は大学を中退してまで自分の練習に付き合ってくれたようですね。
引用元:http://bb-future.net/shougakubu
現在も、プロ野球選手活躍中のとして筒香嘉智選手(堺ビッグボーイズ22期生-横浜高校-横浜DeNAベイスターズ)が、スーパーバイザーとして参加しています。
としてHPに紹介されています。
子供たちとっても嬉しそうです!頼もしいお兄ちゃんって感じですね。
筒香嘉智さんの出身高校
筒香嘉智さんの出身高校は横浜高等学校を卒業されました。
偏差値:41-53
横浜中学校・高等学校は、神奈川県横浜市金沢区に所在し、中高一貫教育を提供する私立男子中学校・高等学校になります。
高等学校において、中学校から入学した内部進学生徒と高等学校から入学した外部進学生徒との間では3年間別クラスになる併設型中高一貫校。
学科は普通科のみで、難関大学への現役合格を目指す「特進」、勉強や部活の文武両道を目指す「文理」、好きな分野の一流を目指す「特性」コースの3つに分かれます。
部活動においては、硬式野球部が甲子園の常連であり、春夏の甲子園、明治神宮、国体を合わせた史上唯一の四冠達成を実現したこともある高校。
おもな卒業生には
高井一(元野球選手)、松坂大輔(プロ野球選手(アテネ、シドニー五輪代表))、上地雄輔(俳優)、ミッキー安川(タレント)、阿部真宏(元プロ野球選手)
横浜高等学校を選んだきっかけ
関西の強豪校からの誘いもあったが、甲子園で横浜高等学校の試合を観て感激し、自ら横浜高校に連絡して入学と野球部入部を志願しました。
進学理由は1998年の7歳の時に夏の高校野球準々決勝の、横浜高校対PL学園の伝説の試合を見たからだそうです。
卒業生でもある、時横浜高校のエースだった松坂大輔さんの活躍の影響が大きかったようです。
その後の、ドラフト指名数日前に受けた取材でメディアに「将来的には松坂さんのようにメジャーで活躍する選手というのが自分の最大の目標なので、やっぱり向こうで勝負したいという気持ちはあります」とも語っていらっしゃいました。
横浜高等学校での活躍
横浜高校1年生では、セレクションにて柵越えを連発して合格、進学し、1年春から4番に抜擢さえれるほど。春から4番に抜擢されています。
高校1年生での4番は 紀田彰一さん以来だったそうです。
先輩である倉本寿彦さんと2年春(2回戦)、夏(4強)に甲子園に出場します。
横浜高校2年の夏に第90回全国高等学校野球選手記念大会に出場します。
初戦の浦和学院高等学校戦では先制本塁打。
準々決勝の聖光学院高等学校戦では満塁弾を含む2打席連続本塁打を放ち、1試合個人最多タイとなる8打点を挙げる。
準決勝で大阪樟蔭高等学校に敗れました。
この大会では打率.526・3本塁打・14打点の活躍で4強入りに貢献。
その後、腰痛の悪化により椎間板ヘルニアと診断され2か月弱のリハビリをします。
一時期スイッチヒッターへ転向するも左打ちに専念することに。
横浜高校3年の春の花巻東高等学校との練習試合では、4回の攻撃時に菊池雄星から特大ソロ(高校通算55本目)を放っています。
しかも数日前から体調を崩し、当日の朝であっても39度の高熱が下がらないにもかかわらず、監督に出場を志願していました。
この夏の神奈川大会の7月26日の準々決勝では、9回表にチームが同点に追いつき、なおも二、三塁の好機に打順が巡ってきたものの、一塁ゴロで同点止まり。
すると延長10回裏に2死から自身の失策がきっかけとなり、横浜隼人高等学校に9-10でサヨナラ負けを喫します。
第8回AAAアジア野球選手権大会のの日本代表に選ばれました。(高校通算69本塁打)
高校3年時の第8回AAAアジア野球選手権大会でのインタビューで筒香さんは「将来的に日の丸を背負うことは、夢というより目標です」とコメントされました。
筒香嘉智さんのプロ契約
2009年10月29日に行われたプロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズから単独1巡目指名を受け、2009年11月30日に契約金9000万円、年俸800万円の推定金額で契約しました。
背番号は「55」
「ハマのゴジラ」として球団から背番号55を与えられましたが、2010年のオフに背番号8へと変更しました。
松井秀喜に対しても「僕にとって目標というより、憧れの存在なんです。凄いなあってずっと思っていました」と話しています。
当初は右投両打で登録されていたが、後に左打ちに変更されました。
プロ入り後は、入寮の際には野球道具以外は尊敬するイチローの本を持参した程度だったそうで、野球漬けの生活を宣言されました。
2009年の第2回WBC決勝をテレビ観戦した際には、イチローの決勝打に「国を背負って戦うことは特別。僕もそういう存在になりたい」と思ったといいます。
松井秀喜選手とイチロー選手が目標の存在だったようですね!!
現在の筒香 嘉智さんがあるのでしょうね。
筒香嘉智さんのプロフィール
名前:筒香 嘉智 (つつごう よしとも)
生年月日:1991年11月26日
年齢:27歳(2019年12月現在)
出身地: 和歌山県橋本市
身長:185cm
体重 :97kg
血液型 A型
ドラフト:2009年1位DeNA
投打: 右投げ左打ち
ポジション ライト・レフト・ファースト・サード
背番号 55→8→25(2012-)
筒香 嘉智さんの経歴
高校通算69本打率を放ち2009年ドラフト1位で横浜(現:DeNA)に入団します。
2010、11年とイースタンで2年連続本塁打王
2014年に1軍定着し、打率300、22本塁打をマークします。
主将に就任した15」ねんも打率317、24本塁打好成績。
オフにドミニカ共和国ノウインダーリーグに参加しました。
2016年は打率322、44本塁打、110打点で本塁打王、打点王を獲得。
2017年WBCで侍ジャパンの四番を務めました。
筒香レイズと合意間近、2年13億円超 地元紙報道 #筒香嘉智 #MLB @RaysBaseballhttps://t.co/5lzupd2iOp
— 日刊スポーツ (@nikkansports) December 13, 2019
筒香 嘉智さん結婚してます
2018年の26歳の時に、一般の方との報告されています。
「私事ではございますが、かねてよりお付き合いしていた女性と今春結婚いたします」とし、「また、本年中に父親になります」と第1子が今年中に誕生する予定である。
最後に「新しく家族が増えることに喜びと責任を感じています。相手は一般の方ですので、静かに見守っていただければ幸いです」と公表されています。
筒香 嘉智さんの妻について
結婚相手として取り沙汰されたのは、飲食関係の仕事をしている30代半ばの女性。
10歳ほど年上の“姉さん女房”になる。女性の知人が明かす。
「彼女はさっぱりした性格で、目のパッチリしたスレンダー美人。人柄の良さからお客さんにとても人気があって、“やり手”として有名でした。出会いは焼き鳥屋だったそうですが、その後筒香選手が彼女のお店に足繁く通うようになったようです。彼女目当ての客が多いのでライバルが多かったんじゃないでしょうか」
引用元:https://www.news-postseven.com/
2018年1月27日掲載
筒香 嘉智さんの家族
実家は橋本市内でガソリンスタンドを営んでいます。
10歳年上の兄と双子のお姉さんがいて、3人兄弟です。
お兄さんは教師で、高校に入る時に一緒に横浜に来てくれ、近くの学校で働いていてとても心強かったようです。
お姉さんは双子で二卵性で全く似てないようで、お姉さんは体は小柄で細いほうです。
お一人のお姉さんは筒香遥さんというようで話題になっていて、美容関係のお仕事をされてるという噂がありました。
まとめ
筒香 嘉智さんの学歴、小学校、中学校、高校や経歴、エピソードについてご紹介させていただきました。
これからの活躍がとても楽しみです。
応援しています。
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