徳勝龍の学歴|中学校、高校、大学はどこ?小学校、幼稚園時代の画像も!

徳勝龍の学歴|中学校、高校、大学はどこ?小学校、幼稚園時代の画像も!

大相撲の幕内で最も下位の番付、幕尻の力士としては、20年ぶりの優勝を果たした徳勝龍!!

加徳勝龍の学歴

幼稚園、小学校、中学校、高校、大学はどこ?

ご紹介させていたきます。

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徳勝龍の学歴

徳勝龍の学歴についてまとめてみました。

徳勝龍の幼稚園

徳勝龍の出身幼稚園は、高取町立高取幼稚園になります。

1986年8月22日に高取町に誕生します。

Twitterより

徳勝龍の母:えみこさん(57歳)2020年2月現在

お母さんが語っておられます。

体重188キロの徳勝龍は生誕時3860グラムだった。

生後4カ月で歯が生え「ご飯を食べたいから早く生えたのかなと思った」と笑う。

生後半年で10キロに達すると「ベビーベッドがいっぱいいっぱいだった」そうです。

スポニチ2020年1月27日

 

徳勝龍は3歳の頃から柔道を始めました。

幼稚園時代の徳勝龍です。

幼稚園の制服は特注で、上着は規格外のため母が裁縫したものを着用していたと、母のえみこさんが語っておられました。

三輪車が壊れるほど体格がよかったそうです。

その時の担任の先生だった谷村先生!

とても優しい子だったと語っていらしゃいました。

 

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徳勝龍の小学校

徳勝龍の出身小学校は、町立たかむち小学校になります。

たかむち小学校でも、徳勝龍の優勝を祝って垂れ幕をかかげています。

令和2年大相撲初場所で見事優勝された「徳勝龍」関が、
たかむち小学校の前身の高取小学校に小学校1年生の時におられたという縁で、
大変お忙しい中、昨日本校を訪問してくださいました。
「なわとび月間」の取組のため運動場に集合していた児童たちに向けて、
「なにか一つ目標を決めて頑張ってください!」
と元気と勇気の湧く言葉をかけてくださいました!
「徳勝龍」関さんとそのご両親、そして、訪問を段取りしてくださいました辻田様、本当にありがとうございました。

たかむち小学校

高取町は3月になると雛人形を町家に飾り、見ることができるのが有名になります。

毎年、3月には町には大勢方が訪れます。

 

徳勝龍は、小学校1年まで高取町で過ごしました。

小学4年生のとき橿原市けはや道場で相撲を始めます。

小学4年から中学2年まで稽古に通いました。

現在はFacebookがありました。

引用:https://www.nikkei.com

奈良葛城市の相撲館「けはや座」でも、2020年1月28日、県出身力士として98年ぶりの優勝を果たした平幕徳勝龍の特別展示もあり、本場所と同じサイズで子ども時代の徳勝龍が稽古をした土俵があり、塩まきや力士の装いもできるとあって人気だったそうです。

 

また、徳勝龍は3歳から柔道を習い、小学校2年生から野球も始めました。

柔道を習うきっかけは、警察の機動隊員で、柔道の指導者でもある父・順次さんの影響だったといいます。

徳勝龍の父:青木順次さん(年齢:73歳)2020年2月現在

奈良市で優勝する強豪チームで「4番・捕手」を務めて、母が「ホームランもよく打った」という強打者だったそうです。

わんぱく相撲に出場できる小学校4年正から相撲を始めると、未経験ながら地区予選を勝ち抜き、全国大会に出場。

その後は親が車を1時間運転して奈良から大阪の道場に通い、才能は磨かれたそうです。

おやつにラーメンとチャーハンを食べるほど食欲旺盛だったそうですよ。

小学校卒業時に体重は100㎏に達したそうですよ。

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徳勝龍の中学校

徳勝龍の出身中学校は、市立光陽中学校になります。

優勝後、2020年1月19日に橿原市古川町の母校、市立光陽中学校(同市古川町)を訪れ、講演や腕相撲などで全校生徒502人と触れ合いました。

引用:奈良新聞

徳勝龍関は「中学校では給食室で、その日の献立を聞くのが日課だった」そうです。

中学2年生から中学卒業まで橿原市で過ごされています。

中学からは、大阪府岸和田市の右門道場へ通い、家から車で1時間半もの道のりの道場まで週3回も徳勝龍のが送迎していました。

父からの言葉

父の順次さんは指導者に全てを任せるという気持ちで臨んだが、一度だけ叱ったことがあると語っていらっしゃいます。

中学時代、県内の大会の決勝で敗れた後、ふてくされていいかげんな礼をして土俵を離れたことがあった。

 「そんな態度をするなら相撲をやめろ」。

取組後、叱責した。勝敗だけにこだわらず、礼儀の大切さを知ってほしかった。「本人も反省したのか、それ以降は二度とそういった態度で相撲には取り組まなかった」そうです。

毎日新聞:2020年1月28日

徳勝龍は、相撲の稽古がつらかったけど、一生懸命に頑張ってこられたことに感動ですね。

そして中学時代に指導に当たった、右門道場の先生の西川祐司さん

当時から闘争心が優れていていました!私もドキドキして嬉しいものですね。

と語っていらっしゃいます。

そして、中学3年次の相撲の大阪大会では豪栄道 豪太郎(ごうえいどう ごうたろう)(後の大関・豪栄道)を破ります。

その時の相撲が明徳義塾高校相撲部の浜村敏之監督(2018年に62歳で没)の目に留まり、明徳義塾高校に勧誘されることになったそうです。

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徳勝龍の高校

徳勝龍の出身高校は、明徳義塾高校を卒業されています。

偏差値:43 – 50

奈良県から高知県の高校に相撲のために、通われたんですね。

栃煌山(同級生)、千代桜(1年先輩)、 出羽鳳(1年後輩)で一緒に活躍しています。

おもな高校時代の成績は

・高校2年生

インターハイ団体優勝

個人国体16強

・高校3年

金沢大会個人8強

の成績を残しています。

高校時代の相撲部監督であった伊東勝人は「とにかく前に出ろ」と指導する指導者が多い中「前に出た後なら、はたいてもいい」と徳勝龍の相撲の幅を広げてくれた人だったそうです。

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徳勝龍の大学

徳勝龍の出身大学は、近畿大学経営学部を卒業されています。

偏差値:55

同級生では宝富士で学部も同じでした。そして、誉富士は1年先輩になります。

 

徳勝龍は、その当時は学生横綱にはなれませんでした。

しかし、西日本学生相撲選手権大会全国大学選抜相撲高知大会優勝します。

 

そして大学4年生のときに木瀬部屋に入門し、2009年1月場所で初土俵を踏むことになります。

学生横綱でないため幕下付出が得られず、前相撲から初土俵になったものの序ノ口と三段目でそれぞれ各段優勝を果たします。

同年11月場所で幕下に昇進しました。

その後も負け越しを経験しないまま、2010年3月場所では東幕下4枚目まで番付を伸ばしたが、この場所は3勝4敗で初めての負け越しを経験した。同年11月場所では自己最高位となる東幕下2枚目に昇格し十両目前だったが1勝6敗と大敗しました。

 

2011年1月場所から四股名を本名の青木から徳勝龍に改名。

この四股名は出身高校の明徳義塾なから、近畿大学相撲部で指導を受けた監督の伊東勝人からのそれぞれの字をとります。

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徳勝龍のプロフィール

引用元:日本相撲協会

名前:徳勝龍 誠(とくしょうりゅう まこと)

本名:青木誠

愛称:まこちゃん、マコ関

生年月日:1986年8月22日

年齢:33歳(2020年2月現在)

出身:奈良県奈良市

出生:奈良県高市郡高取町

四股名:青木 → 徳勝龍

所属部屋:木瀬部屋 → 北の湖部屋 → 木瀬部屋

身長:181cm

体重:188kg

Twitterより

本当に優勝おめでとうございます。

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まとめ

徳勝龍の学歴

小学校、中学校、高校、大学はどこ?幼稚園時代の画像

ご紹介させていただきました。

わからない部分については追記させていただきます。

最後まで、お読み頂きありがとうございます。

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