古川真人の家族|母親や父親の顔画像は?兄弟や幼少期や実家の情報も!

古川真人の家族|母親や父親の顔画像は?兄弟や幼少期や実家の情報も!

古川真人さんが、第162回芥川賞を受賞されましたね。

古川真人さんの、家族の母親、父親、兄弟は?

幼少期や実家の的山大地はどんなところ?について

まとめてみました。

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家族:母親、父親、兄弟について

古川真人さんの母の名前は千穂さんといいます。

年齢は60歳(2020年1月現在)だそうです。

千穂さんの出身は、的山(あずち)大島出身です。

長崎県の平戸島の北方にある島になります。

古川さん自身も「盆・正月は、お母様の実家がある、この大島によくお墓参りに来られているそうです」と紹介されていました。

顔画像などは調べましたがなかったので、追記させていただきます。

家族構成についても、

父方の家は福岡県の山の中の集落で農業や林業をしていましたが、ダム建設で集落が沈んだので、一族が糸島市内に出てきたそうです。

母方の家はまだ長崎県の島にありますが、親戚の多くは福岡市に移り住んでいます。子供の頃から親戚付き合いが濃かったので、小さい頃は年寄りとばかり遊んで、彼らの影響はかなり受けたと思います。

と語られています。

兄弟については、詳細がわかりませんでした。

また顔画像も公開されていませんでした。わかり次第、追記させていただきます。

 

第162回芥川賞(2019年下期)「背高泡立草」では

今回の親の実家の草刈りをするために長崎の島を訪れた主人公が、島をめぐる歴史について祖母の姉らから話を聞いていく物語で、的山大島の光景や方言がつづられているそうです。

島へ草刈りに来た子どもや孫を迎える女性が・・・

方言満載で「おーい、来たな。上がんない」「あそこんにきは日の当たるもんね。それけん、ちゃんと咲くとよ」と方言を語られているそうです。

引用元:西日本新聞

右:内田玲子さん 中央:哲也さん 左:白石くみこさん

内田玲子さんは母方の祖母でいらっしゃるそうで、今回の「背高泡立草」でも登場モデルとされているようです。

小さな食料品店を営んでいらっしゃいます。

この女性は島で小さな食料品店を営む母方の祖母、内田玲子さん(88)がモデルとされる。

玲子さんの体調を心配して福岡市から島を訪れている長男の内田哲也さん(66)も、作中に「哲雄」の名で登場する。

古川さんの幼少期について

「いや、書いたそばから候補になるっちゃから、才能があるとですよ。小さい時から観察力が細やかやった」と古川さんの幼少期を懐かしむ。

大島小などで読み聞かせ活動に取り組む白石さんは「真人君の文章には素直な無垢(むく)の魂が感じられる。それも大島のDNAかもしれない」と話した。

と語っていらっしゃったようですね。

とても、親族の方々の喜びのエールが伝わってきました。

 

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的山大島について

大島は長崎県の西北端、平戸島からフェリーで約40分の距離に位置します。

北は壱岐・対馬を望み南は平戸島・九州本土と相対しています。

島の最東端には、壮大な景色を望むことができる「大賀断崖」や、四季折々に表情の変わる棚田など、豊かな自然に恵まれています。

歴史的には、古くから海上交通の要衝として開け、中国大陸へ渡る船団など多くの船の寄港地であり、神浦港周辺は、歴史を感じさせる江戸期から昭和初期の町家が立ち並んでいます。

観光地では、島の北東部に連なる断崖、断崖上部はキャンプ場と展望所があり、遠くは壱岐・対馬も望める大賀断崖

長崎鼻の西海の大海原に映える白亜の灯台があります。

参考ページ:http://www.shokokai-nagasaki.or.jp

田舎ですが、とても観光で訪れてみたい場所ですね。

古川真人さんのプロフィール

名前:古川真人(ふるかわ まさと)

生年月日:1988年7月29日

年齢:31歳(2020年1月現在)

出身:福岡県福岡市生まれ

横浜市在住

学歴:

第一薬科大学付属高校卒

國學院大学文学部中退

平成28年に発表したデビュー作の「縫わんばならん」が、芥川賞の候補作となり、今回は4回目の候補での受賞となりました。

「自分が候補になるたびに喜んでくれている人が喜んでいるだろうなというのを思うと、うれしいことなんだろうなって」語っていらっしゃいました。

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幼少期~大学時代

中学校時代

まったく勉強についていけなくなったそうです。

まさにイケてない中学生の典型で、まず知らない人に話しかけられない。

マクドナルドで注文ができないくらいだったといいます。

中三のとき、小説を読む友だちの影響で、三島由紀夫の『仮面の告白』と出会っそうで、初めて読んだ文学作品でした。

最初は面白いのかどうかさえも解らなかったんですが、三島の他の作品も読み進めていきました。

高校時代

高校に入って環境がかわったら、ある程度、対人恐怖症はおさまったそうです。

高校は、最初の一学期でクラスメイトの十人近くが退学するようなやんちゃ・・・・な学校に進まれました。

そこでは文学の話ができる友達はいませんでしたが、図書室の司書をされている先生が指導する文芸サークルに入ったそうで、週に一度、図書室に集まって小説を書いて、文化祭で製本した冊子にして販売するのが活動の中心でした。

そこで書いたのがはじめての小説で、武田麟太郎にかぶれていたのがそのまま出てしまい、夫が家で退屈して散歩するだけの話でした。

文芸サークルの先生は文学賞への応募を積極的に勧めていたので、高校三年の時にすばる新人賞に応募されました。

大学時代

大学で「近代日本文学研究会」という研究会に入って、作家になりたい気持ちが少しずつ芽生えてきたのだと思うと語られています。

大学は結局、四年いたのに三年生に進めず除籍になり、基礎学力がまったくないですから、概説の授業に追いつけず、語学なんかも全然だめだったそうです。

大学を辞めてから今までの六年間は、ひたすら寝転がっているうちに時間が過ぎました。

「もしかしたら寝転がってるだけの生活が終わるかもしれない」と。

 

鬱屈はしていたけど、大学での友人は就職しているから、「どうせあいつは暇だろう」と呼びだされて、酔ったら鬱屈が爆発してしまう。

だけど無為な六年間の後半は隠居した爺さんのようなメンタリティになっていたそうで・・・

「俺ってどうなっていくんだろうな」と寝ながら考えるばかりで、田中慎弥さんが芥川賞を受賞されたときのインタビューで「一度も働いたことがない」と言われていましたが、そういう存在に目がいかないくらいの近視眼的な逼塞した生活でした。

そんな時に、最終候補になったとお電話をいただきました。

まず思ったのは「俺はこれからどうなるんだろう」ということです。

「もしかしたら寝転がってるだけの生活が終わるかもしれない」

でも、未来についての具体的なイメージは何もなく、希望というより、ただただ混乱して今日に至っています。

(一部抜粋させて頂きました)

詳しくはこちらからhttps://www.shinchosha.co.jp

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受賞歴

現在までの受賞歴はこちらになります。

今までに、数々の賞を受賞されていますね!

受賞歴:

第48回新潮新人賞(2016年)「縫わんばならん」

第156回芥川賞(2016年下期)「縫わんばならん」

 

第31回三島由紀夫(2017年度)「四時過ぎの船」

 

第161回芥川賞(2019年上期)「ラッコの家」

 

第162回芥川賞(2019年下期)「背高泡立草」

受賞作は一貫して書いてきた九州の島に本家がある一族の物語。

濃密な方言を多用しつつ、草刈りに来た家族の意識と、その島にまつわる江戸時代から現代までの記憶を交互に描いています。

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まとめ

古川真人の経歴や家族の母親について、まとめてみました。

今回はとても読んでみたくなる本で、私も購入して読んでみようと思います。

そして、とても綺麗な聖地のような場所の的山大島にも、行ってみたくなりました。

観光される方も増えるでしょうね!!

最後までお読み頂きありがとうございました。

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